魚(いお)のはなし 鮭の種類いろいろ
中村直人氏 寄稿
■世界の鮭
鮭・鱒のなかまは世界中にたくさん生息していますが、そのなか でも世界中の鮭は6種類とされています。さらに1988年にはニジマスも 仲間であることが判り7種類となりました。 このように鮭マスは分類が難しく、最近お馴染みのアトランティック サーモンはマスに分類されます。イワナ、シシャモ、アユ、ワカサギな どもこの仲間にはいりまマス。 |
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主に北太平洋からオホーツク海広域で生息し、稚魚が降海してから4~5年で母川に回帰し繁殖します。北洋から回帰の道のりで捕獲されますが、同じ種類でも時期による成熟度と脂の保有度で呼び名が多彩なのも特徴のひとつです。 学名のOncorhynchusは繁殖期の鼻曲がりを意味します。。 ●カラフトマス 日本海北部、三陸沖、からアメリカ西海岸の北部にかけて北大西洋に分布します。60cm前後と小型の鮭。 桜の季節に三陸沖の定置網で採れる。。 ●紅鮭 紅鱒 婚姻の時期になると真っ赤になるので紅鮭。身の色も赤身が強く、見た目の美しさで喜ばれます。塩鮭には最高の魚で、 コクのある旨みとほんのりとした甘味があります。主に北米で漁獲されますが、日本でも北海道でごくまれに採れます。。 ●マスノスケ
キング・サーモン-マスノスケとも呼ばれます。鮭の仲間では最大で、2m近く、体重40kg以上にもなります。 身が厚いのでステーキなどにむきます。北米の河川の生まれですが、日本でも回遊中のものが三陸沖の定置網にかかります。 銀鮭によく似ているが別種。日本海北部、三陸沖、オホーツク海のみに分布。
●銀鮭ギンザケ
サクラマスとほとんど見分けがつかないのですが別種だそうです。最近は養殖が大変盛んです。 天然物は北海道の北部でわずかに採れるだけです。 ※アトランティックサーモン 大西洋鮭。ノルウェー近海で昔からよく採れていましたが、最近はほとんどが養殖もの。 ●虹鱒ニジマス 淡水生活をしているものはレインボー・トラウト、降海して海洋生活をしているものはスチール ヘッド・トラウト、南米チリから輸入されているニジマス(海面養殖)はサーモン・トラウトとかトラウ ト・サーモンと呼んでいます。 ■白鮭(しろざけ)のいろいろ 日本の各河川の母川で繁殖した白鮭(シロザケ)の稚魚は、河口流域で暫らく生息した後。
■白鮭(しろざけ)を食べつくす
■鮭の加工いろいろ 大正時代に北海道石狩川の鮭漁師たちが、新鮮な鮭に薄塩をあてただけの長期保存 また、昭和5年頃に日魯漁業株式会社(現マルハニチロ)が函館の料亭から頼まれ、 「塩引きしおびき」とは鮭にかぎらず、魚類を塩漬けにする方法であり、 塩を「引く」とは行き渡らせるといった意味を示しますので、本質的には塩を「加える」作法を示します。さらに一度漬け込んだ塩を次には洗い流しますので、ここでは文字道り「引く」工程を経ることになります。 この燻製の行程を経ないで風味付けをする製法は、生ハムのハモンセラーノにも相当すると例えられます。 「ルイベ」はアイヌ語で「凍った食べ物」あるいは「溶ける食べ物」を意味します。 冷たい鮭の身が口の中で、ひんやり溶けていく感触のお刺身です。 「飯寿司(いいずし)」は、魚身を米飯と麹(こうじ)で漬け込む発酵食品です。 ■鮭料理は骨や皮まで食べ尽くす 鮭は捨てるところがないとよく言われますが、身や卵はもちろんのこと カマ、アラ、目玉の裏に多いDHAや、最近は皮や鱗からコラーゲンを摂るなどで 身をほぐした後の鮭皮はそのまま軽く火で炙り、パリパリと味わうのが美味しいのですが、 料理以外では、川まで溯ってホッチャレになった鮭は脂が抜け身が締まり皮は硬くなっていますので、 ■鮭の旨み その成分はタウリン、アラニン、グルタミン酸などの遊離アミノ酸と核 秋鮭の旨味はグルタミン酸とイノシン酸が相乗効果によって旨味 カナダのN・R・ジョーンズ博士はアンセリンが食味の中でコクを与え このアンセリンが旨味の主役と脇役を引き立てているからかもしれません。
■鮭の料理のしかた 飯寿司は、魚肉を米飯と麹(こうじ)で漬け込む発酵食品です。 大まかな加工工程をご紹介します。 加圧することによってアミノ酸発酵がおこり、飯寿司の旨味を引き出し、 |
私たちには馴染みの深い鮭なのですが、世界に視野を広げた場合にはごく限られた地域でしか繁殖していないことが知られています。 回遊性なだけに到るところで捕獲されますが、こと繁殖に限っては北半球の北緯30度から70度の河川流域に限定されるのです。 それは落葉広葉樹の生息帯と重なることが判明しています。
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落葉広葉樹の極相種であるブナや近種の多様な広葉樹とその混交林(中間地帯)とは、 その分解物と微生物群生成物は水によって川に運ばれ、さらに海に注がれますので、 この分解有機物や微生物群が母川の生態系により異なっていることが、ふるさとおふくろの香りの違いとなり鮭の嗅覚識別の基としての役割を担っていると考えられています。 |
■鮭川とさーもんぴんく 鮭が好んで回帰する母川とは、いったいどんな要素を持ち合わ |
■生成物の搬送役 日本の川は時に”滝である(Stream )”と表現されるほどに急峻な勾配の印象が持たれます。源流から海域までが諸外国の悠然たる川(River )とはかけ離れていることからですが、この河川地形が母川としての恩恵をもたらしています。 村上市の北部を流れる三面川は、東北南部のブナ原生林である朝日連峰の源流から海までの河川距離が41kmであり、流域にダム以外の障害物や水質汚染源もなく、さらに源流のみならず流域各地にもブナ林が点在しています。そしてブナ林の豊富な生成物が希釈されることなく、そのままそっくり海へと注いでいます。河川分類上は二級河川であり短距離なだけに深い大河とはならず、むしろこれが幸いとなる第一級の鮭川要因といえます。実際10~5km未満の小川や澤が幾筋も存在しています。 さらに日本海側はしばしば山を降りたところがすぐに海である、と表現されるところが少なくありませんが、海寄りの山北さんぽく村沿岸に至っては川を形成する間もなくブナ林の源流が沁み水として、海へと注がれる地形環境が森林帯分布図からも読み取れるほどです。 こうした天賦の恵みが注がれた沿岸の代表的景勝地笹川流れに至っては海域一帯が鮭を呼び寄せている、といった表現も大袈裟とはいえないでしょう。鮭以外の貝や海草や魚類も豊富でかつ新鮮で滋味にあふれた状態で、周年にわたり生息してゆけるのは鮭川の最大の恩恵といえます。
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■ブナの分解者たち大量の有機生産物を林床に提供するブナは、木質は茸菌類に、樹皮や葉は青カビ菌類によって分解されていきます。さらに有機酸や無機酸となり水に溶け運ばれていくと考えられます。その他ブナ林に集まる小動物もソースやキャリアとして循環的に包括されてゆくので、計り知れない生産量となってゆきます。 |
■ アスタキサンチンアスタキサンチンは、自然界が生み出す代表的な色素カロチノイドの一種で、キサントフィル類の仲間です。β-カロチンなどと同じ仲間で、鮭・エビ・カニや海藻などの魚介類に多く含まれる赤橙色素です。その抗酸化力はビタミンEの1000倍にも達し、「史上最強のカルチノイド」と言われています。つまり血中脂質の活性酸素を抑え、血管を若々しく保ったり、免疫細胞を活性酸素から守ることで免疫力を高めます。魚介類に多く含まれるルテイン・リコペン・β-カロチンといった抗酸化物質としてのカロチノイドは、生物が活性酸素から自分を守るために身につけたと考えられます。 「鮭は泳ぐ栄養カプセル」(鈴木平光・徳立行政法人食品総合研究
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■ アスタキサンチンも旅をする ヘマトコッカスなどの緑色藻類内で生成されるアスタキサンチン色素は、藻に紫 外線が照射されると一週間以内には藻自身を覆う勢いで鮮やかな赤橙色に染め 上げていきます。それが食物連鎖によりオキアミやサクラエビなどの体に蓄えられ、 さらに鮭や大型生物に捕食されます。サケはこれを体内の主に筋肉に蓄えて遥 か北洋から帰還する長旅の、激しい代謝をサポートするスタミナ源として活用しま す。この活性色素は繁殖が近づくとオスは表皮へメスは卵巣へと移行させます。こ れは婚姻色の体表や筋子やイクラを美しく彩ってゆき次世代への活力として引き 継がれていきます。 自然産卵の環境では繁殖を終えた鮭の身は、ホッチャレとなり河川流域に留ま り生態系で分解されます。さらにその分解栄養素が土地を養育し林を形成したあ と、再び朽ちて分解され川に運ばれ海に注がれ、次の連鎖のスタート地点に戻っ て旅を続けていきます。 |
■ サーモンピンクはアスタキサンチンの色 鮭はもともと白身の魚なのです。稚魚が降海し海中の微小プランクトンを捕食し成長していきながら北洋域に達すると、そこには動物性プランクトンであるナンキョクオキアミが豊富に生息しています。 このナンキョクオキアミを捕食することで、そこに含まれる赤橙色のアスタキサンチン色素と本来の淡黄色の白身が混ざり合い、お馴染みのサーモンピンクの優しい色調が形成されるのです。アスタキサンチンはサケ以外でもタイやキンメダイ、カニやエビの甲羅にも含まれますが、鮭ほど多く含む魚はいないとされ、これはまさに鮭特有の色といえます。 <アスタキサンチン含有量>ベニザケ(野生):3.68mgギンザケ(野生):2.26mgキングサーモン: 0.86mgシロザケ:0.37mgイクラ・スジコ:0.8mgクルマエビ:0.62mgケガニ:1.11mg ※クルマエビ・ケガニは甲殻を含みません。
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■鮭/さけとしゃけ
日本各地で親しまれている鮭ですが、その呼び名には不思議な飛 び地的傾向が読み取れます。回帰流域の一般庶民の口からその時 代の支配層への献上物や珍重品へと、捉えられた後でも出世溯上 してゆく鮭の行動力を想像力を駆使して迫ってみたいと思いマス。 |
■むかしむかしから鮭は交易品だった 石器・縄文狩猟のむかしから山や野の民の生活物質は地元山河で獲(採)れた授かり物であり、そ の他不足する物質は難を承知の交易で補っていたことが覗えます。狩猟採取の矢尻や石刃物、司 祭や約定の御印である鉱物加工品の遺物にはじまり、獣・魚皮の骨や防寒衣類なども多数発掘さ れています。毎年同じ時期に決まって回帰する鮭の習性まで理解できなくとも、交通に閉ざされた 山奥にももたらされる”神からの贈り物”は供物として崇められる食料でした。と同時に、他の生活物資との物物交換の原資として重要な交易品だったことが当時の世界観と供に偲ばれています。 |
■そのむかし鮭はお供え物や献上品だった
世は移り時の政権やそれを支える貴族の私墾田的荘園から献じられる産物や神社のお供え物 平安貴族の「延喜式」にも日本海沿岸諸国から献上の記事が載せられています。 北(東)国にひろがる中央貴族の所有地から船積みされ、続々と京へ溯ってゆく供物たちの嬉々と |
徳川時代を迎える以前の関東や坂東の地は入江や沼地の多い潤沢な低地原野でした。 康正2年(1456年)太田道灌が開拓した武蔵国豊島郡江戸村の地は地名が示す通りの河口の入江寒村であり、当時の中心地はさら北西に溯った浅草だったことが知られています。 現隅田川はその当時は古利根川の支流で、現在の荒川に付け替えされるまでは運河交通の要所をなしていました。 庶民の浅草観音(628年草創)詣でや北関東からの集積地としても賑わっていました。それは現在の築地市場に例えられるような役割であり江戸前の活魚や海産物が取引されていたように考えられています。 その河口に踊る鮭の魚影は太平洋側溯上の南限であり、北茨城側から運河や入江を経て現多摩川へと溯上していた姿が現在のカムバックサーモン運動からも面影が偲ばれます。 その溯上経路の東端入口に当たる北関東の常陸茨城ではすでに親しまれていて、古茨城弁で「しやけ」と呼ばれていてと推測されています。 その語源はアイヌ語の「シエペ、シペ(本当に食べるもの)」からともいわれています。当時の埼玉や千葉の関東方言には「さ」を「しゃ」と呼び習わすことが一般化していて「匙さじ」を「しゃじ」と言ったり、「鮭さけ」を「しゃけ[∫ake]」と言い習わしていたと考えられます。 |
□すこし昔鮭は褒美や贈答品として江戸よりくだされていた 徳川時代が進むにつれ土木干拓事業により土地も平地化され人も増え、その中心は江戸城の周囲である下町へと移って現在の東京に至っています。将軍家である駿河藩は、在京の親藩である御三卿の田安家、一ツ橋家、清水家のほか徳川御三家を創設し常陸水戸藩、尾張藩、紀州藩体制も確立し以後250年間の安泰を築きました。徳川将軍家に上納された鮭は、整備された街道や海上交通を下って今度は御三家を筆頭とする大名領地である地方へ贈答あるいは褒美や報酬として流通したと思われます。 収穫の誉れを纏った晴れの姿で常陸から浅草へ、浅草から江戸へと呼び親しまれた「しゃけ」という関東(坂東)訛りとともに‥…。 そして現代では東京(江戸)はもとより茨城(水戸)埼玉・千葉の関東各地や静岡(駿河)・和歌山(紀州)・広島などの西日本の一部で「しゃけ」派が生きづいているのではないでしょうか。
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充分なもてなしを享け昇天してゆく獲物達は、今度はその返礼に”みやんげ”を携えて神の国からその仲間達がまた降りて現れることを願うイオマンテの儀式が厳冬期に行なわれています。
古沿岸跡にひろがる貝塚遺跡は神送りの儀式跡として位置付けられ、鮭の歯なども多数埋葬されていました。 |
川で産卵を終えた鮭の身や体皮は引き締まり痩せ細ろえていますが、その身は脂が抜けているため保存に向き、その皮は硬く締り靴に加工されていました。その靴はアイヌ語ではチエプケレと呼ばれています。
アイヌでは鮭を「シエペ、シペ(本当に食べるもの)」、鱒を「サキペ、サッイペ、サクイベ、シャケンベ(夏の食べ物)」といい習わし厳寒期でも当てにできる鮭の重要性においても呼び尊んでいたといいます。 参照:「アイヌ歳時記~二風谷のくらしと心」萱野茂著、平凡社2000.8 |
越後地方では”えちご”を”いちご”と言ったりする「あえいえお」母音がしばしば表れます。”うお”を”いお”と言い習わすこともあることからこの資料の表題として使用しています。 |
■塩引き鮭
塩引き鮭はその独特の製法と風土気候の醸し出す相乗効果で、
他の鮭加工製品とは隔絶の違いを生み出します。
手間を惜しまない伝統の製法が今日まで受け継がれている、
人と風土が織り成す生活文化の独自性を形成しています。
鮭を食べることに、”やかましい”人たちが多いのも
自慢といえます。
□塩引きとは‥
塩を引くとは全体に隅々まで行き渡らせるというのが本来の意味で、
その引き方の匠みが味の決め手の全てといえます。
いったん塩を擦り込み(加え)塩漬けにした後に、洗い流す(引く)製法は
この引き方の妙理として重要な必須工程といえます。
その量と時間の手加減が甘口とも辛口とも、例えようのない多彩な風味の源となります。
加える物は塩のみ、と極めてシンプルな材料と燻製などの味付けをすることもなく
完成された深い味わいは、生ハムのハモンセラーノ製法に匹敵する
郷土が誇る伝統風味といえましょう。
□塩引きのもたらす味わいの由縁
1.塩を擦り込む(加え)ことによる効果‥‥‥‥‥‥‥‥‥塩分濃度[最大]
・全体的な殺菌作用
・浸透圧吸引による身(細胞)の引締め―――――旨みの凝縮
・遊離水の除去―――――――――――――水っぽさの除去
・水溶性雑味の除去――――――――――――アク味の除去
・基本的な下味付け
2.塩抜き(引く)の効果‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥塩分濃度約[最少]
・流水による下味以外の塩分濃度の除去
・部位ごとの塩分濃度勾配が形成される
3.丁寧な仕上げが生む効果
・表面や皮全体を磨き上げる――――ヌメリなどのアク味の除去
・しごきなめすことによる粘化硬化――身肉の穏やかな干燥促進
4.自然の寒湿風干発による効果‥‥‥塩分濃度[+2]
・塩分濃度勾配ごとの熟成(微発酵)段階の多様性が形成される
・乳酸発酵と熟成による旨み成分である遊離アミノ酸の増量
・半乾燥状態により中期保存性が向上する
5.熟成を継続させる追熟効果‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥塩分濃度約[+4]
・さらなる内部細胞の引締めでアミノ酸と脂分の融合析出が生じます
・塩分濃度の上昇により長期保存性へ移行します
素材の持ち味もさることながら、これれらの製法、風干発酵、追熟による多
様性が幾く段階にも折り重なって重層をなして独特の風味が醸し出されていきます。
冬の寒風に適度の湿度が保たれる、アジア温帯モンスーン帯に属する日本のなかでも、
日本海側の北陸以北に限られ、さらに山塊の織り成す特異な風質といった天賦の賜物
といえる由縁がここにあります。
塩分が乾燥して結晶化することもなく、しっとりとした食感を保ち続けながら
素材と熟成を重ねて渾然一体化しているありさまは、塩熟(えんじゅく)しているとし
か例えようがない深い風味となり、上質な風情をもたらす逸品に仕上がっていきます。